メンタルクリニック ラッコリン

心の病と映画

境界性パーソナリティ障害 投稿日:2020.09.26

精神疾患の病状や歴史を映画を通して解説し、中村Dr.が治療法を検討します。

(1)症例 フィンセント・ファン・ゴッホ(37歳男性、画家)

(2)診断 境界性パーソナリティ症(BPD)

(3)映画 『炎の人 ゴッホ』ヴィンセント・ミネリ監督 (1956年製作 米国映画)

   主演:カーク・ダグラス(フィンセント・ファン・ゴッホ役)

      アンソニー・クイン(ポール・ゴーギャン役) 

      ジェームズ・ドナルド(テオ・ファン・ゴッホ役)

      エヴェレット・スローン(ポール・フェルディナン・ガッシェ役)

(4)病歴

  • 私は画家のフィンセント・ファン・ゴッホといいます。牧師の長男としてオランダ・ブラバント地方で生まれました。私は、情熱に任せて布教・恋愛・絵画などに熱中し、不器用な人間のため過酷な人生を歩んできました。しかし一方、弟テオの援助を受けながら絵画を極めたいと思う私の情熱が、この過酷な人生を克服する力にもなりました。画家たちが合宿し、互いに刺激し合って優れた作品を生み出すための共同体をつくることを私は夢見るようになりました。フランス南部アルル地方に旅をし、そこで黄色い家を借りてゴーギャンを呼び寄せ、二人で共同生活を始めました。しかし、私の熱狂にゴーギャンは耐えられなくなり、結局、私のもとを去ることになりました。それは裏切りのように思え、私は激しい怒りで正気を失い、ゴーギャンを殺そうとカミソリをもって追いかけました。私は寸前のところで思いとどまりましたが、なんとも空しく悲しく、私は自分の左の耳たぶを切り落とし、なじみの娼婦に「大切にとっておくように」と伝えて黄色い家に戻りました。翌朝、町の人の通報で入院し、ほどなく退院できました。しかし2か月後に再発し、激しい抑うつや被害妄想のため、サン・レミのサン・ポール・ド・モーゾール精神病院に入院しました。院長の計らいで院内を自由に散策でき、絵を描くことが許されました。その間に、激しい感情の嵐や幻聴があり、ひどく苦しみました。退院後、パリ郊外のオーヴェール・シュル・オワーズに住む精神科医で、画家たちのよきパトロンでもあるガシェ博士に治療を受けるため、ラヴ―という居酒屋の屋根裏部屋に下宿しました。田舎の静かな自然の中で、疲れ果てた心身を癒しながら、絵を描き続けました。ある日、ガシェ博士がギョーマンの絵を額装していないことに腹を立て、ピストルを持ち出したこともあります。私は生きることの意味を見失い、不吉な思いが襲ってきます。私の作品は誰にも評価されず、これまでに「赤いブドウ畑」と題した絵が400フランで売れただけです。私は私の信ずることに熱中して生きてきましたが、果たしてこの人生に意味があったのか、私にはわかりません。

(5)背景

  • BPDは、精神病と神経症の境界領域に存在する精神状態と考えられて、20世紀初頭では境界例(ボーダーライン・ケース)ともいわれていました。1950年代にカーンバークが「境界型人格構造」という名称のもとに、この病状を整理しました。1980年には米国精神医学界の診断基準第3版で現在の名称が使われるようになりました。ゴッホ氏のように、一時的ですが、幻覚や妄想などの精神病状態がみられることがあります。一方、日ごろ解離症や身体化症状、恐怖症やパニック発作など様々な神経症症状(汎神経症と呼ばれます)がみられます。パーソナリティ症として自覚されるまでは、神経症か躁うつ病と思って過ごしておられる方も少なくありません。最近BPDの人は、児童虐待の被害者や過食症の併発者であることが知られています。

(6)症状

  • 症状は精神病症状から神経症症状まで幅広くみられます。その背後に、自我同一性(アイデンティティ)が定まらず(自我同一性拡散)、ゴッホ氏のように「自分は何者か」という迷いから空虚感や抑うつ状態に発展してアンヘドニア(失快感症)や希死念慮に襲われ、自傷行為や自殺衝動のみられることがあります。自傷行為には、ゴッホ氏のように耳介の切断という激しいものは珍しいのですが、手首自傷や身体殴打などがみられます。また、自暴自棄的あるいは不満解消的に過食や泥酔(アルコール乱用)のみられることもあります。ゴッホ氏はパリ時代にアブサンという悪酒におぼれていたようです。自己評価が低い(劣等感)ことから、逆に理想を求める傾向が強く、このことで不完全な自分がますます自覚され、自己評価を下げるという悪循環をつくります。ゴッホ氏も理想的な芸術家の共同体をつくろうとしましたが、ゴーギャンに見捨てられ、精神の破綻をきたしました。さらにパーソナリティの幼さも重なり、「白か黒か」という二分法的な考え方に陥ります。このため「白」と思える時にはテンションが高まり、そこに一点のシミを見つけると全面否定して「真っ黒」とかわらないと思い、激しい抑うつに陥ります。この感情の急変が躁うつ病のように見えることもあります。人間関係でも「白黒」スタイルがみられます。素晴らしい人に出会うと、崇拝するようにその人を慕いますが、その人に欠点を見出すと全面否定し、嫌悪し裏切られたと激怒してののしることがあります。ゴッホ氏の場合では、彼の叔父が共同出資したパリの美術商ビークル商会のハーグ店に若い頃就職しましたが、商会を訪れる取り澄ました紳士淑女に腹を立て「絵画を売買することは窃盗のようなもの」と発言して解雇されました。また、若い未亡人の従姉に情熱を傾け、彼女の家に押しかけて自分の愛情を証明するためランプの炎で手を焼こうとして家を追い出されました。さらに、子持ちの娼婦シーンに対する同情からか結婚を考え、両親や弟から猛反対されたこともありました。

(7)治療1

  • BPDの人は、見捨てられ不安や理想化のために相手に極端な依存を示すことがあります。信頼関係を築くためには適切な依存性が必要ですが、相手に全幅の信頼をすると、依存を脅かす僅かな出来事でも激しい絶望や攻撃の起こることがあります。すなわち二分法的な思考があるため、極端から極端に変動しやすいのです。これがBPDの人の苦悩や人間不信を高めることになります。この事態をできるだけ避けるために限界設定が必要です。つまり、支援できる時間・場所・方法などを明確にしてその限界を明示することで、過大な依存や期待を抱けないようにします。さらに、見捨てられ不安が強いため、信頼を裏切らえたように思えることがあると、見捨てられたと思い込みやすくなります。意識的・無意識的に操作をして相手をひきつけようとしますが、どのような形になっても安心できず、自暴自棄になって自傷自殺行動や、稀には他害行為に発展することがあります。そこで限界設定の中でも見捨てられることのないことを保証することが大切です。

(8)治療2

  • 精神療法はBPDの重要な治療法です。精神療法には行動療法、認知行動療法、支持的精神療法、精神分析的精神療法など種々の治療法が実施されます。どの治療法を選ぶかは、本人と主治医の間で決めるべきですが、いずれの治療法でも主治医との信頼関係が基本です。信頼関係を築くために十分な時間と相互交流が必要です。そのために家族の協力と本人の努力を要することは言うまでもありません。

(9)治療3

  • 薬物療法は、対症的に抗うつ薬や抗精神病薬が処方されることがありますが補助的な治療です。また、自傷自殺や攻撃性が激しい場合には保護的な入院が必要なこともあります。

			
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