ラッコリンの小部屋
妄想症 投稿日:2020.09.24

精神疾患の病状や歴史を映画を通して解説し、中村Dr.が治療法を検討します。

(1)症例 ドンファン・デマルコ(21歳男性、職歴不明)

(2)診断 妄想性障害

(3)映画 『ドン・ファン』ジェレミー・レヴェン監督 (1995年製作 アメリカ映画)

   主演:ジョニー・デップ(ドンファン・デマルコ役)

      マーロン・ブランド(ジャック・ミックラー役)

      フェイ・ダナウェイ(マリリン・ミックラー役)

(4)病歴

  • 私はメキシコに生まれ、16歳の時、父を決闘で殺した相手を殺し、世界中を放浪しました。そこで1502人の女性を虜にして彼女たちに至上の幸福を与えてきました。私は冒険の果てに漂流してたどり着いたエロス島で1503人目となる女性ドンナ・アナと出会いました。彼女は出会った女性の中で最高の女性でしたが、彼女に私の愛が届きません。私は深い失望に陥り、自殺を考えました。ニューヨークのビルの屋上に立ち、私の人生を夜空の中に散らしたいと思いましたが、そこに精神科医のジャック・ミックラー先生がはしご車のゴンドラにのって、大胆不敵にも私に説得を始めました。人生に疲れただらしない男に興味を持ち、彼の屋敷に投宿してしばらく交流することにしました。ジャックは、私がアリゾナ州フェニックスでクリーニング工場の工員の息子として生まれ、名はジョニーと呼ばれていたこと、また私のいる場所がウッドヘヴン精神病院であること、などを主張しますが、「心の目」でみればここはジャックの屋敷であり、客分として迎えられていることは明らかです。

(5)背景

  • 妄想症は病名通り妄想を主とする病状ですが、妄想を伴うことの多い統合失調症とは異なる点があります。妄想症では、①妄想が主体で、幻覚を伴うことはありません。②妄想以外では思考や行動にまとまりがあり、妄想に触れないときには、妄想症と気づかれないことがあります。③妄想が発展して、特異な世界観を構築していることがあります。妄想世界と現実世界に、一見、矛盾のない生き方のできる二重見当識をもつこともあります。二重見当識は現実世界と妄想世界がバトルしないよう分離してそれぞれの世界に適応している状態です。妄想症はかつてパラノイアと呼ばれていました。最近の米国精神医学界の診断基準第5版では、妄想症は、恋愛型、誇大型、嫉妬型、被害型、身体型、などに分けられています。ドンファン・デマルコ氏は恋愛型で、多くの女性に愛されたと確信しています。妄想症と類似した精神状態に妄想性パーソナリティ症があります。この人たちは、対人関係において過敏で猜疑心が強く、被害的な感情を抱きやすいのです。一時的に猜疑心が妄想に発展することがありますが、通常では確信度の高くない妄想様観念の水準でとどまっています。ドンファン・デマルコ氏は確信度が高く、妄想性パーソナリティ症ではないと思われます。

(6)症状

  • 恋愛型は、自分が相手から愛されていると確信しており、相手の拒否も都合よく理解して確信は揺るぎません。それでも相手から強い拒否にあうと、「自分を愛しながら拒否する」という不条理に怒りを爆発させ、ストーカ的な行動に発展することがあります。ドンファン・デマルコ氏にとって1502人の女性は恋愛妄想の対象でしたが、1503人目の最愛の女性ドンナ・アナは彼を拒否したため、彼は抑うつ状態から自殺を図ろうとしました。ドンナ・アナに対して彼は恋愛妄想ではない純粋の愛を抱いたのでしょうか。一方、誇大型は、例えば大発見あるいは大発明をしたと確信しています。実際には大した発見や発明ではなかったり、他の人の発見や発明であったりします。被害型は、ある人物や組織から被害を受けていると訴える人ですが、その被害の実態は他の人には納得できません。時に被害者である自分を誰も認めないことに腹を立て、加害者と信じる人物や組織を攻撃することがあります。身体型は、通常では考えられない事態によって自分の身体が侵されていると確信しています。例えば、「脳が溶けている」、「心臓がなくなった」などの不死妄想もみられます。

(7)治療1

  • ドンファン・デマルコ氏の父親は、決闘で命を落としたのではなく、自動車事故で亡くなっていました。1502人の女性は憧れのグラビアアイドルで、ラブコールをしても相手にされなかった女性でした。最愛の女性ドンナ・アナは、不倫の末にメキシコの修道院に逃亡した母親でした。妄想形成の背後に、達成されなかった願望が隠れていることがあります。妄想は訂正不能とされます。訂正不能になるのは妄想の確信度が高いためです。確信度の低い妄想様観念では、背景を知ることがこの観念の緩和に役立つことがあります。一方、妄想ではその背景が理解されても、一般に軽減効果は認められません。それでも妄想と向き合う目に別の視点が加わることで、妄想者に対する理解が変化する可能性があります。他に妄想者の対応で注意すべき点があります。妄想を頭ごなしに否定すると、自分が否定されたと思い、妄想者の反発を招くかもしれません。反対に妄想を安易に肯定すると、妄想者の一時的な信頼が得られても、その後は妄想に巻き込まれて、困難な事態がおこるかもしれません。ですから、妄想には賛成も反対もせず、ただ傾聴し、妄想の内容ではなく、妄想に翻弄されて悩んでいる心に共感することです。例えば、「そんな風に考えておられるのですね。そのような体験をされておられるのは辛いですね。」など、原因の真偽は別にして現実に悩んでいる心に共感します。

(8)治療2

  • 精神療法やカウンセリングは一般に有効ではありません。妄想自体の改善よりは、妄想によってもたらされる二次的な精神的苦痛を緩和できることがあります。例えば、嫉妬妄想から配偶者に裏切られたという絶望や憤りを傾聴することで苦痛を緩和できることもあります。

(9)治療3

  • 抗精神病薬が使われます。しかし体系化された妄想や二重見当識が確立している場合には十分な効果は得られません。向精神薬の効果は限定的で、しかも妄想者自身が服薬を拒否することも少なくありません。

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