ラッコリンの小部屋
不眠症 投稿日:2020.08.24

精神疾患の病状や歴史を映画を通して解説し、中村Dr.が治療法を検討します。

①症例 

ウィル・ドーマー(年齢不詳、男性、刑事)

②診断 

不眠症

③映画 

『インソムニア』クリストファー・ノーラン監督 (2002年製作 アメリカ映画)

 主演:アル・パチーノ(ウィル・ドーマー役) ロビン・ウィリアム(ウォルター・フィンチ役)

④病歴 

私は、LA警察の刑事ドーマーです。アラスカの田舎町ナイトミュートでおきた少女殺害事件捜査の応援のため、同僚のハップ・エッカートと共にその地に派遣されました。白夜のアラスカに到着してから不眠に悩まされ、昼間には強い眠気に襲われ、一瞬の睡魔や集中力の低下で自動車事故を起こしそうになり、物音や光に過敏で、ひどいときには対向車と衝突しそうになり急ブレーキを踏むと対向車は幻覚だったということも起きました。白夜で全く眠れない状態が6日間続き、加えて同僚のハップを誤射で殺害した罪の意識にさいなまれていたためかもしれません。ひどい不眠症の中で、事件解決に全力を注ぎました。その結末は…。

⑤背景 

不眠に関連する注意として、以下の点があります。それは、①不眠と不眠症(不眠障害)、②原発性不眠症と続発性不眠症、です。①について。不眠は眠れない現象を意味しますが、不眠があるというだけで、治療すべきかどうかを判断するのは難しいと思います。一方、不眠症は不眠が一定の条件を満たしているときに判定され、治療の対象になります。②について。原発性不眠症は、不眠を主な症状とする疾患による不眠です。原発性不眠症は極めて稀ではないでしょうか。無眠者やショート・スリーパー(短眠者)と呼ばれる人がいます。この人たちは一晩に数時間以下の睡眠で日常生活が送れる人で、不眠症の他の条件を満たさないため不眠症とはされません。一方、続発性不眠症は、不眠を伴うことのある疾患(これを基礎疾患といいます)が存在する場合です。基礎疾患には身体疾患と精神疾患があります。身体疾患には、脳疾患、呼吸器疾患、発熱疾患、皮膚疾患、身体各部の疼痛、甲状腺疾患、などがあります。一方、精神疾患は不眠を伴うことが多いのですが、統合失調症、気分障害、神経症性障害などが不眠を起こしやすい疾患です。中でもうつ病やうつ状態では、不眠は重要な症状になります。「不眠症」を心配して受診される方には、不眠治療を優先して考える方が多いのですが、不眠の基礎にある精神状態に目を配ることを忘れてはいけません。基礎疾患の治療を優先し、不眠に対して補助的に治療を行うことになります。注意する不眠症に、不眠恐怖症や睡眠心気症と呼ばれる状態があります。不眠恐怖症は、自分が不眠症になることを過度に恐れることです。その恐怖から二次的に不眠になるという皮肉な悪循環を生み出します。睡眠心気は、周囲から見るとそれなりに睡眠はとれているのに、本人は全く眠れないと訴え、日中の不調に悩んでいる状態です。睡眠に対する要求水準が高いため、年齢や環境を考慮した適切な睡眠時間では不足だと確信している方が多いようです。

⑥症状 

第1は不眠です。不眠には寝つきの悪い入眠困難、夜中に目の覚める中途覚醒、起床時刻よりも早く目覚める早朝覚醒、全く睡眠のとれない完全不眠(ドーマー氏の不眠はこれに相当するようです)、があります。その結果、普段の睡眠よりも睡眠時間が著しく短くなるか、熟眠感が少なくなります。不安の強いときには入眠困難や中途覚醒が、抑うつの強いときには早朝覚醒の傾向がみられます。このような不眠がほぼ毎日、数週間以上続く場合を不眠症の条件として取り上げます。第2は、第1の条件を満たす不眠状態に悩んでいることです。不眠状態にありながら、本人が悩まない場合には、不眠症とは考えないことになります。例えば、躁状態でみられる睡眠時間短縮は「睡眠欲求の減少」と呼ばれ、不眠とはいわれません。第3は、不眠状態に伴う行動異常や日常生活の支障がおこっていることです。行動異常には、日中の過剰な眠気(これをEDSと呼びます)、突発的に起こる一瞬の睡眠(微小睡眠)、注意集中困難、物音や光に過敏でイライラのひどい状態(感覚過敏)、入眠時に夢が侵入し、現実と夢の境界が不鮮明になって幻覚体験がおこること(入眠時幻覚)などがあります。これらの条件を満たすものが不眠症と診断されます。

⑦治療1 

交代勤務、受験、気候(熱帯夜、白夜など)など日常生活リズムを乱す状況で発生する不眠では、先ず状況の改善を試みるべきでしょうが、実行できないことも少なくありません。その場合には、できるだけ睡眠時間を確保することを考えます。例えば、睡眠時間が短く分断してもトータルに一定の睡眠時間を確保できるようにすること、などです。

⑧治療2 

不眠症には、誤解に基づいて高い睡眠欲求をもつ人がいます。例えば、人は誰でも8時間以上の睡眠をとるべきである、1日でも眠らないと心身共に疲弊して翌日の仕事や学習ができなくなる、朝のさわやかな目覚めがなければよい睡眠ではない、寝る前の運動やテレビ鑑賞は体や目が疲れるのでよく眠れる、などです。これらの誤解を修正するために睡眠教育が必要になります。一般に、睡眠時間が6時間を下回ると翌日の活動に影響が出るといわれ、また7時間程度の睡眠者が最も病気の数が少なく、その意味でより健康であるといわれます。睡眠に関する正しい知識を参考にして、自分にとって適正な睡眠を実現する必要があります。また不眠症と信じている方は、少しでも長く眠りたいという思いから、早寝をする人がいます。例えば、午後8時ごろから就床して眠れないと悩みながら深夜0時ごろに入眠する、などです。早寝は、睡眠の質を悪化させ熟眠感が失われます。夜、横になっている時間と、その間に寝ている時間の割合を、睡眠効率といいます。例えば、夜8時間横になり、就寝してすぐに眠り、目覚めるとすぐに起きる人がいれば、横臥時間8時間と睡眠時間8時間で、睡眠効率は100%になります。通常では睡眠効率は90%前後ですが、加齢と共に睡眠効率は低下します。睡眠効率を改善するために、眠気がでると横になり、30分経っても眠れなければ、静かな場所でゆったりと眠気が来るのを待ち、再び眠気がくれば横になるという睡眠制限行動を繰り返します。睡眠効率を高めることで、睡眠時間が短くても熟眠感が増してきます。

⑨治療3 

不眠に対して、睡眠導入薬(いわゆる睡眠薬)が短絡的に使われやすいのですが、不眠が二次的なものであることがほとんどであるため、睡眠薬は補助的に使用すべきです。先ずは基礎疾患の治療を先行します。ただし、強い不安で不眠になっている場合には、抗不安薬(いわゆる安定薬)を使用することも多いのですが、睡眠薬同様、安定薬も習慣性が強いため注意して使用する必要があります。不眠に対する服薬については主治医とよく相談をしてください。


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