ラッコリンの小部屋
特異性恐怖症(高所恐怖症) 投稿日:2020.08.16

精神疾患の病状や歴史を映画を通して解説し、中村Dr.が治療法を検討します。

(1)症例 

ジョン・ファーガソン“スコティ”(年齢不詳、男性、元刑事)

(2)診断 

特異的恐怖症 “高所恐怖症”

(3)映画 

『めまい』アルフレッド・ヒッチコック監督 (1958年製作 アメリカ映画)

主演:ジェームズ・ステュアート(スコティ役) キム・ノヴァク(マデリン・エルスター/ジュディ・バートン役)

(4)病歴 

 私は、元刑事のスコティです。犯人追跡中に屋上で足を滑らせ、転落しそうになり、自分を助けようとした同僚警官を転落死させてしまいました。罪悪感から刑事をやめましたが、その後、高い場所に昇るとひどいめまいを覚え、高い場所を避けるようになりました。ある日、友人が訪ねてきて、彼の妻のマデリンに不可解な行動があるので調べてほしいとのことでした。マデリンを尾行するとカルロッタ・パルデスの墓に花を添え、美術館でカルロッタの肖像画を観て、古びたホテルに行きました。後で調べると、カルロッタはマデリンの祖母で、古びたホテルがカルロッタの住んでいた屋敷でした。彼女は26歳の時に自殺したとのことです。マデリンが26歳になったとき、サンフランシスコ湾で入水自殺をしようとしたところを助けました。やがて私たちは愛し合うようになりました。マデリンの夢に出てくる風景が近郊のスペイン村に似ていることに気付き、二人で訪れました。村の様子をみていたマデリンが突然走り出し、教会の鐘楼に昇りました。私は彼女の後を追い、めまいと戦いながら鐘楼まで登りつきましたが、その時、彼女は飛び降りてしましました。彼女を助けられなかったことと彼女を失った傷心からうつ状態になり、入院して音楽療法をうけました。退院後にマデリンにそっくりなジュディ・バートンに出会いました。私はマデリンの思い出を重ね、彼女にマデリンと同じような服装をするように要求しました。デートを重ねる中、ジュディがカルロッタのネックレスをしていることに気付きました。このことから事件は思わぬ方向に展開することになりました。

(5)背景 

 現代の分類では、恐怖症は不安障害に含まれ、世界保健機構WHOは「恐怖症性不安障害」というカテゴリー名を提唱しています。恐怖と不安はオーバーラップすることが多いからでしょう。しかし、恐怖と不安は区別されるべき点もあります。恐怖は「恐れの対象」が実在し、恐れる人は対象を回避しようとします。例えば、スコティの恐れの対象は高所であり、彼は決して高所に近寄ろうとはしません。一方、不安は「恐れの対象」が推定されたものか自分自身に関わるもので、回避しようにもできないものです。例えば、不潔恐怖症では、恐れが現実の不潔ではなく、本人が不潔と思うものであり、汚染を回避しようとして何度も洗浄を繰り返しますが回避はできません。従って、不潔恐怖症は不潔不安症または不潔強迫症と呼ぶべきです。また、醜形恐怖症や自己臭恐怖症では、恐れの対象が自分の醜さや悪臭ですが、醜さや悪臭は実在せず、化粧や香水を使っても回避できません。ですからこれらは醜形不安症や自己臭不安症と呼ぶべきかもしれません。このように恐怖と不安の区別は微妙です。最後に、広場恐怖症について考えてみます。広場恐怖には、単純に開放的な広い場所を恐れるというものと、人の集まる場所を恐れるというものがあります。前者は定義通りの広場恐怖症ですが、後者の恐れの対象は、広場でも人混みでもありません。公共の場所で困惑することが自分に起こり、観衆の顰蹙(ひんしゅく)を買うことを恐れています。すなわち、恐れの対象は自分の失態です。広場恐怖症と呼ぶよりも失態恐怖症と呼ぶ方が良いかもしれません。

(6)症状 

 恐怖症の基本的な症状は、①恐れの対象が実在すること、②恐れの対象を持続的に回避していること、③社会的な役割を果たす上に支障をきたしていること、です。①の例は、人が恐れを起こすものの数ほどあります。例えば、高所、閉所、血液、昆虫などの場所や物、「飛行機に乗る」、「一人になる」などの状況です。②は、恐れる対象を避けている間は問題ありませんが、避けられない場面では著しい恐怖とこれに伴う自律神経症状(動悸、発汗、ふるえ、めまいなど)がおこります。③は、②の結果、日常生活に相当な支障をきたすことを意味します。

(7)治療1 

 恐怖を起こす対象(これを恐怖惹起刺激といいます)を回避しても日常生活に支障が起こりにくいときには特別な治療を必要としません。例えば、航空機に乗ることを恐れる人が、海外出張のない職業を選び、仕事にも生活にも不満をもっていない場合です。苦手に思うことを避け続けることは不可能かもしれませんが、できるだけ回避して幸福な生活ができれば、これも対処法といえます。

(8)治療2 

 スコティは、うつ状態の治療にモーツァルトの音楽による音楽療法を受けましたが、恐怖症に対しては特別な治療を受けてはいなかったようです。恐怖症に対して暴露療法や系統的脱感作療法などが用いられます。いずれも恐怖惹起刺激に接近しても、実際に問題の起こらないことを体験し、恐怖惹起刺激に自分を慣らしながら恐怖感を軽減していきます。この実施には恐怖症を克服しようとする本人の強い決意や周囲の理解と援助が必要です。治療を開始する時期も考慮して行います。

(9)治療3 

 恐怖惹起刺激への接近でおこる恐怖や不安が、抑うつ反応や自律神経反応を伴うことも少なくありません。さらに恐怖惹起刺激に遭遇するかもしれないという予期で不安も高まることもあります。これを予期不安といいます。これらの恐怖や不安を軽減するために、抗うつ薬(SSRIなど)や抗不安薬が使われます。服薬については主治医とよく相談して適切に利用してください。


			
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