精神疾患の病状や歴史を映画を通して解説し、中村Dr.が治療法を検討します。
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症例 テレーズ、通称テリー(年齢不詳 女性 職業バレリーナ)診断:転換性障害
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映画 『ライムライト』チャールズ・チャップリン監督(1953年製作 米国映画)
主演:チャールズ・チャップリン(カルヴェロ役)、クレア・ブルーム(テレーザ・アンブローズ役)
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病歴 老齢の道化師カルヴェロがロンドン・ブルームベリー60のアパートに戻ると、ガスのにおいがします。ガス漏れの部屋を探し、呼びかけても返事がありません。カルヴェロはドアをけ破って中に入ると若い女性が倒れています。部屋にはガスが充満しているため、女性を自分の部屋に運び、ベッドで休ませます。意識の回復した女性は、エンパイヤ―座のバレリーナでテリーと愛称されていること、姉への罪悪感からガス自殺を図ったこと、アパートの家賃を滞納しアパートを追い出されそうになっていること、などを語り、カルヴェロの部屋で同宿することになりました。順調にテリーは回復しましたが、突然、両足が麻痺をして動かなくなりました。カルヴェロは医師に往診してもらいます。診断は「フロイト博士の病」とのこと。カルヴェロは、テリーの麻痺を治そうと献身的な看病をします。その中で、テリーが衝撃的な話をします。家が没落してテリーは大好きなバレーを習うことを諦めていました。テリーを見ていた姉が、お金を出してくれることになり、テリーはバレーを習うことができるようになりました。友人と練習から帰る途中、姉が街角で客引きをしているところを目撃します。そしてテリーは全てを理解しました。自分の夢をかなえるため、姉は自分の身を売ったのだと。
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背景 “ヒステリー”は古代ギリシャ時代から使われている病名で、その語源は子宮です。子宮が体内を動き回り、種々の症状を作り出すと考え、女性の病と考えられていました。例えば、子宮が喉のあたりにあがると、球のようなものが胃から喉へ上がる感覚(“ヒステリー球”)、喉の詰まる息苦しさ(“窒息感”)、発声困難(“失声”)、また子宮が足の方に行くと立てず歩けずという状態(“失立失歩”)になると思われていました。また全身を弓なりに反りかえる発作(“後弓反張”)は、中世では悪魔憑きとして魔女狩りの対象になりました。19世紀、オーストリアのフロイト博士やフランスのジャネー博士がヒステリーの心理的な機序を解明しました。その後、ヒステリーという病名が、「体内を迷走する子宮」という誤った考えから命名されたもので不適切であること、ヒステリーは男性にも見られ女性のみにみられるものではないこと、一般ではヒステリーが大げさに騒ぎ立てる状態を意味する用語として誤って使われていること、などの理由からヒステリーという病名は廃止され、1980年の米国精神医学界診断基準DSM-Ⅲでは、“転換性障害”と呼ばれるようになりました。転換は、フロイトが提唱した自我防衛機制の1つで、心理的葛藤が身体症状に無意識的に転換されるメカニズム(機制)を意味しています。
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症状 テリーは突然、両下肢の運動麻痺を起こし、感覚麻痺(鈍化)も伴っていました。麻痺症状は、発声機能や四肢運動機能にもみられます。一方、感覚麻痺もあり、四肢の感覚が鈍くなることや、視聴覚の麻痺から視力障害や聴力障害のみらえることもあります。いずれも機能的な変化で神経麻痺とは異なるため、心理的葛藤の軽減で症状も回復します。
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治療1 テリーはカルヴェロの計らいで家庭医にかかりました。医師は「フロイト博士のヒステリー」と診断し、休養と滋養を与えるようにカルヴェロに指示しました。カルヴェロはさらにあふれるばかりの愛情をテリーにそそぎながら、生きる素晴らしさを話します。カルヴェロ流の精神(説得?) 療法は、テリーのためだけでなく、全人類へのメッセージとなりました。
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治療2 精神分析療法の他に、催眠療法や暗示療法などが行われます。これらの治療は、治療者の特殊な技能を必要とします。転換性障害に特化できる治療法はありませんが、心理教育的なアプローチが有効と思われる例もあります。
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治療3 薬物療法は重視されませんが、合併しやすい不安や抑うつを改善するために、抗不安薬や抗うつ薬が使われることもあります。