ラッコリンの小部屋
強迫性障害 投稿日:2020.08.4

精神疾患の病状や歴史を映画を通して解説し、中村Dr.が治療法を検討します。

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症例 メルヴィン・ユドール(年齢不詳男性 職業 恋愛小説家)

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診断:強迫性障害

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映画 『恋愛小説家』ジェームズ・L・ブルックス監督(1997年製作 米国映画)

主演:ジャック・ニコルソン(メルヴィン・ユドール役)、ヘレン・ハント(キャロル役)

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 病歴 人気恋愛小説家のメルヴィンはマンションに帰宅すると、隣家の愛犬が廊下で放尿するのが我慢ならずダストシューターで“処分”し、ドアのロックやスタンドライトの点灯をする時には5回オンオフを繰り返し、外出時につけている分厚い手袋をごみ箱に捨て、熱湯と新しい石鹸で手洗をした後は“汚れた”石鹸をごみ箱に捨て、外食に出ると歩道のひび割れを踏むと縁起が悪いため踏まないように歩き、なじみのレストランの“自分の席”で食事をしている先客を嫌みや悪態で追い払い、“なじみ”のウエイトレス キャロルに給仕を要求する、といった具合で、周囲から嫌厭されるおやじです。

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 背景 強迫性障害は、20世紀初頭にフランスの精神医学者ジャネーが“精神衰弱”と呼んだ神経症の1つで、その後、“強迫神経症”と呼ばれていましたが、1980年に米国精神医学会の出版したDSM-Ⅲで“強迫性障害”と呼ばれるようになりました。強迫性障害は人口の数%に見られます。

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 症状 強迫観念と強迫行為(強迫儀式を含む)に分けられます。歩道のひび割れを踏むと縁起が悪いと考えるのは強迫観念です。この観念に基づいてひび割れを踏まないように歩くという“厄除け行動”が現れています。一方、細菌などの何かよからぬもので身体、殊に手が汚染されるという強迫観念に基づいて、帰宅すると皮手袋をごみ箱に廃棄し、熱湯や新しい石鹸で手洗をし、一度使っただけの石鹸をごみ箱に廃棄する、などの行為は不潔強迫行為です。また、ドアロックや電灯の点灯でオンオフを繰り返し確実にできたことを確かめる確認強迫行為、そして確認回数を5回と決めて反復する行為を強迫儀式といいます。

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 治療1 メルヴィンは精神科医にかかっていないようです。治療を受けないのは、症状に悩まず(“自我同質的”といいます)、周囲の人の不快感もあまり気にしていないからでしょうか。一般には、何度、確認しても手洗いをしても安心できない(“自我異質的”といいます)ため、医療を求める人が多いのです。精神療法として、暴露反応妨害療法や認知行動療法がおこなわれます。メルヴィンは、波乱万丈の末、キャロルとの恋が叶い、自分の恋愛小説で描いてきた仮想的な“恋”ではなく、彼女の真実の“愛”に支えられ、歩道のひび割れを思い切って踏むこと(暴露)ができました。愛はいつの時代でも最高の妙薬ですね。

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 治療2 精神分析療法の他に、認知行動療法も行われます。メルヴィンは歩道のひび割れを見ると頭に「ひび割れを踏むと縁起が悪い」という強迫観念(自動思考)が浮かんできます。自分を悩ます考えを、頭に浮かばないようにするか、頭に浮かんでもその考えにとらわれないようになれば、歩道のひび割れを避けるため踊りながら歩く強迫行為もなくなるでしょう。最初に、メルヴィンを悩ましている考えが何かを見極める必要があります。そしてその考えが「ひび割れた歩道を歩く」という状況で頭に浮かぶことを理解します。ひび割れのない歩道を歩くことも解決の1つですが、現実にはそのような歩道はめったになく、あっても行動範囲が著しく制限されてしまいます。それでは、「歩道のひび割れを踏むと縁起が悪い」という考え自体を再検討する必要があります。このように考えることが正しいとする根拠はあるのでしょうか。答えは「あるとは思えない」です。しかし「根拠はわからないが、そんなこともあるかもしれない」と蓋然的推論をするかもしれません。ほとんどない可能性を信じるか、ほぼ間違いのない可能性を信じるかという選択になります。メルヴィンは前者でしょうか。逆に「縁起が悪い」という考えに矛盾する根拠はあるのかを考えます。例えば、「これまでひび割れを何万回と踏んでいたが、そのたびに悪いことは起こっていない」とか「他の人は平気でひび割れを踏んでいるけど、それで困ったことがおこったという話は聞いたことがない」などです。このように強迫観念を合理的に考える力を高めます。

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 治療3 強迫性障害の治療では、薬物療法が重要になっています。薬物として使用されるのは、抗うつ薬で、一部の抗うつ薬は“抗強迫薬”とも呼ばれています。抗うつ薬も従来のものに比べて、服薬をしやすいものが増えています。ただ、服薬について不安を持たれる方が多く、誤った情報や意見に迷わされないようにしてください。服用方法や副作用などは主治医に相談してよく理解してお使い下さい。

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